命が延びて不安が延びた

ちょっと前の新聞記事から・・・。

(前略)生物学的には、人間も次世代を産む能力があるところまでが本来の部分で、老後は医療や科学技術が作り出した命です。子供を作って、子供が暮らしやすい社会を作るのならいいのですが、現実には老後を支える膨大なお金やエネルギーは、若者が負担しています。お年寄りに優しい長寿社会は、裏を返せば若者いじめの社会なんです。親が生きながらえて次世代を圧迫するのは、まずいんじゃないでしょうか。(後略)
東京工業大学教授 本川達雄  朝日新聞2011年11月19日付

「像の時間ねずみの時間」で有名な本川センセイのインタビュー記事の抜粋です。
そうだよなぁ、今の社会を見ていると、若者は仕事にもまともに就けないし、ちょっとおかしいよなぁ。と思ってみたりもします。

一方で、
以前、弱いものに優しい社会を目指そう、といったニュアンスの広告がありました。確かに弱いものに優しくすることはとっても大事なことだと思います。


んんん??
優しくするのかしないのか、どっちがいいんだろう?

たぶん本川センセイの「優しい」と、下段の「優しい」とは、意味が違うんでしょうね。


これからの社会、だんだん住みづらいことになるのかもしれません。元気で長生きすることは誰もが望むことですが、一方で、自宅の畳の上で死にたい、と誰もが希望しています。


年を取ればいろんなところにガタが来るのは決まっています。それを検査でちょっと疑いがあるから切ってしまおう、なんていうのはちょっとおかしいと思うんです。そこそこガタがあっても元気でいられればそれでいいんじゃないか、少しづつガタが増えてきて最後はコロンと行く。そういう経過ってあんまり苦しさがない様に思うんですが、どうでしょう。

命が延びて不安も延びるのって、あんまり楽しくないですよねぇ。


最後に本川センセイは言います。

3・11で、日本人派今までの能天気さに気づかされたのではないですか。病院で電源が落ちれば、入っているお年寄りは死んじゃいます。じゃあ、この長寿は福島の原発のおかげということになる。将来のエネルギーは大丈夫だろうか、と心配になる。それだけでなく、いつ認知症になるだろうか、などと不安を抱えたまま長生きしています。命が延びた分、不安が伸びただけです。
 それでも人々は、いずれまた科学がエネルギー問題を解決し、難病の治療法もみつけて、夢を与え続けてくれると漠然と信じるかもしれない。「科学教徒」です。でも案外、科学者のほうは、夢に中に住むウソや限界を知っていたりするんです。

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