命って

今日は朝までの雪のせいで、予約が非常に少なくなっています。暇に任せて久しぶりにブログの更新です。

もう4年も前になるでしょうか。我が家の愛犬「タロウ」が死にました(わざと”亡くなる”って言葉を使いません)。死ぬ一年ほど前にたぶん卒中だと思うのですが、散歩から帰ってきてすぐに嘔吐と足のふらつき、そしてそれが徐々にひどくなり、ついには痙攣が起こり一時寝たきりになりました。

「これでだめかな?」と思いながらも、家族でずっと「手当て」していました。仕事柄、身体に手を当てて、じっとそこに集中していることがどれほど相手に大きな影響があるかを知っています。ちょうど転んで泣いている子供の患部にお母さんが手を当てて「イタイのイタイの飛んでけ!!」というとすぐに痛くなくなるように・・・。

そのときも毎日毎日、暇さえあれば誰かが手を当てていました。最初はまったく食べなかったのですが、数日して食べることができるようになり、ある日突然フラフラしながらも立ち上がり、翌日には数メートルまで歩くことができるようになりました。

フラフラしながらもその後一年間、何とか生きて、死ぬ2ヶ月前に寝たきり状態になり、今度は家族の手当ての甲斐もなく玄関の中で静かに死んでいきました。動物病院には連れてはいきませんでした。これが人間だったら許されないことなのでしょうね。17歳でした。横浜市から長寿犬として表彰もされました。


そして数日前、テレビを見ていたら病気?で病院に連れてこられた犬が、獣医さんから「もうこの犬は寿命でかわいそうだから安楽死させてあげましょう」といっておりました。そしてうちのタロウのことを思いました。タロウはかわいそうだったのか?
そういえば、一度寝たきりになってから最初の予防注射の時期が来たとき、注射の免除願いを出すために動物病院に行ったとき、いきさつを話すと獣医から「虐待だ」といわれたことを思い出します。

(飼われていない)動物は人間が持つような「もしかしたら大変な病気じゃないか?」的な不安を持つことはありません。だから異常に対する回復力も本人が持っている力の100%を出すことができます。それでもだめなら死ぬだけです。そしてたぶんですが、死に際して苦しみは少ないのではないかと思うのです。「手当て」することは、この100%をもっと大きくする意味があるのだと思っています。


さらにもうひとつ。動物はかわいそうだから安楽死させてあげるけれど、人間はかわいそうだから死ぬべき人も生かしておくんでしょうか?死なせない技術ができて人がなかなか死ねないことって、どうなんでしょう。

一緒にテレビを見ていた娘に「犬はかわいそうだから安楽死させるのに人間はどうしてさせないの?」って聞いたら、「動物は物で、人間は人間だから」なんて訳のわからない答えでした。人間の勝手に作ったルールではそのとおりですが、私にはとっても違和感があるんです。

死はいけないことですか?
じゃぁ、死ななかったらどうなるんですか?人が増えちゃいますねぇ。

死は悲しいことではあるけれど、いけないことではありません。


自分の身の回りのたくさんの尽きていった命、それを思うと鼻の奥がジーンとしてきます。

雪のせいです。

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