治療百話ーその1(話せない人)

開業して数年のことだと思う。
50代後半のご夫婦が開業時に出したチラシを片手に治療室を訪れた。
患者さんは奥様だったのだ。
「どこに行っても埒が明かない。こちらで何とかならないだろうか」ご主人がそう言う。よくよく話を聞いてみると、奥様は数年前からうまく話せなくなってきて、最近ではほとんど舌が動かない、更に歩くことも腕を動かすこともスムーズに出来なくなってきている、とのことだった。
話そうとすると、下がもつれて口角からよだれが落ちてしまうような状態だった。

こんな患者さんに何をすればいいのか?悩みながらも今まで身に付けたことをひたすらやってみた。
「来週も来ます」と言って帰っていった後の脱力感と言ったら・・・。
その来週がやってきた。こちらはドキドキしながら待っていると、顔を合わせるや否や「あの後すごく歩くことが楽になったようで、1人ですたすた歩くんです」とご主人が喜んで言う。

そうして毎週の治療が始まった。心理的なものかもしれないと思い、夢の内容を確認してみたり、催眠まがいのこともやってみた。一生懸命やったことだけはいえる。

1年くらいそういった状態が続いた。もちろん目に見えてよくなってはいなかったが、ご本人は治療が終わると、数日は快調になるらしい。
ある日、「昨日から舌の動きがとっても悪い」と訴えがあった。だからと言って何をするのでもない。自分が出来ること、患者さんから見えたことに対して対処した。

翌日、ご主人から「昨夜、舌が喉につまって亡くなりました」と電話があった。何があったんだろう。呆然として「あの、お通夜は?」と聞くと、「そんなことはいいです」と。弔電だけは送った。お付き合いをした患者さんの初めての死だった。

数日後、ご主人が来て「筋萎縮症だったようです。いろいろお世話になりました」と丁寧なご挨拶があった。

死の直前までの一年間、毎週身体を見させていただいたことは、今考えるととても貴重な体験だったと思う。

これから「治療百話」と題して、印象に残ったことを書いていきたいと思います。異常が治った、といったものだけではなくて、失敗したことなども書いていけたらいいなと思っています。

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