裏摩周の思い出

先日の峠100選の出ていた雑誌。

信州については、前回書きましたが、別に北海道の峠がいくつか出ています。その中の「清里峠」。
昭和55年の夏、一ヶ月遅れの新婚旅行に行ったんです。

輪行袋に入れた自転車2台を女満別行きの飛行機に乗せ、新婚サイクリングを計画したんです。ちなみに飛行機はあの国産のプロペラ機YS-11でありました。


前日まで2日間、斜里から走り出し、屈斜路湖や表摩周などに行きました。川湯の野天風呂なども楽しみ、何とか言うホテルに泊まり、翌日の朝、再び輪行し、緑駅(そういう駅があるんです)に・・・。そこから裏摩周展望台へと走りました。

いやぁ、暑かったです。それに完全なダート。北海道の道はただ広く、炎天下の道をあえぎあえぎ上っていきました。

そして、清里峠から裏摩周へのきつい上り。この写真がそれです。
雑誌の記事によると、夏はアブが・・・、と書いてありましたが、その記憶はありません。
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やっとついた裏摩周。
確か自動車が2台ほど止まっていたような記憶があります。
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現在はここから湖岸に降りることは出来ないそうですが、昔は降りる道がきちんとありました。
でも、こんな道ですけどね。

えらい苦労をして湖まで出ました。
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摩周湖です。
左の島が摩周湖の真ん中にある島ですね。
写真手前にアルミボトルが写っています。
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この後、清里峠まで戻り、片道何車線もあるようなだだっ広いダートの道を下ったのでした。今は無き標津線の計根別駅にたどり着き、日通で自転車を送って、野付崎までバスで移動する予定でしたが、計根別では「貨物を扱っていない、隣の中標津に行って」と言われ、そこから必死の思いで、中標津まで走りました。

自転車を中標津で送って身軽になった後、翌日からは野付、美幌、美唄、層雲峡、上川、天人峡、函館とたどり、青函連絡船で青森に渡り、急行「八甲田」で帰ったのでした。

COMMENTS

No title

MAKOさん、おはようございます。

>微妙な距離感
そりゃぁ一応他の人が見るんで、少しは無難な写真の方がいいかと・・・(笑)。

裏摩周から湖岸へ降りる道は今は通れないと聞きましたが、どうなんでしょうねぇ。日光の霧降の瀧も以前は滝壺まで降りられましたが、今はダメですもんね。

No title

>昭和55年の夏
あぁ、いいですね。胸が苦しくなりました。
行ってみたい所のひとつに追加しました。わはは。

裏摩周の看板での微妙な距離感は、照れが入ってますでしょうか。
それにしても湖岸に降りる梯子状の道はすごいです。
これ、たくさんの人が通って荒れてしまったところに架けてあるのでありますね。

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