甲斐大和から上って下って・・・


先週、リハビリサイクリングと称して100キロ近くの走りをした訳ですが、今週は少し上りを確かめてみましょう。と言うことでやってきたのは、道の駅:甲斐大和。

地図を眺めていると、甲斐大和から大菩薩の麓の上日川峠まで様々な道が通じています。ほとんど林道で、何処を走っても標高差は1000メートルを超えます。嵯峨塩鉱泉を通って行く道は経験済み。

そこで今回は菱山深沢林道、深沢嵯峨塩林道、砥山林道、下日川峠林道、日川林道、そして焼山沢真木林道と林道をつなぎ合わせたコースです。

道の駅で組み立てて、R20を下って柏尾から急坂を上っていきます。辺りはブドウ棚が沢山あって、まだ6時になったばかりなのに既に作業している方がチラホラと・・・。
既にローローでなったギヤでも辛くなった頃、菱山深沢林道の起点(終点?)に到着。
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少しばかり楽になった道をゆっくりペダルを踏んでいきます。いつの間にか蛇行しているような・・・。
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そして深沢嵯峨塩林道に入ると、調子も上がってきて、ルンルン気分になるのです。天気はどん曇り。お陰で熱中症の心配はないものの、かえって指切り手袋では寒いくらい。景色も大したことが無く、ただモクモクと進んでいくのでした。もちろん景色なんて期待もしていなかったのでした。
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「おーっ!!」つい叫んでしまいました。急に目の前に富士が・・・。
手前の山々にかかる雲が何ともいいでしょ?
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この林道、法面の崩落が半端でなく、あちこちで崩れておりました。通行止めになることもあるんじゃないかなぁ。
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上りきって、富士と一緒にパチリ。
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下りはウィンドブレーカーを羽織っても寒いくらい。そういえば笹子トンネルのそばの温度表示が14度でした。あっという間に下りきり、すぐに砥山林道に入ります。
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今回の目的の一つに下日川峠に行くことがありました。上日川峠は非常におなじみですが、下日川峠は特にサイクリストの間では、ほとんど知られていないような気がします。
知山林道をシコシコ上っていくと、この分岐に着きます。下日川峠林道。
ここからダートになります。今回細いツアラー26Cに交換し、ちょっとダートは心配です。
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いいダートです。
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緑に紅。
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GPSに保存した下日川峠のすぐ近くまで来ているにもかかわらず、どうしても見つかりません。何度か行ったり来たりを繰り返しますがダメ。仕方なく引き返そうと思ったとき、少し手前に二股に分かれる道があって、そちらに「源治郎岳」の道標があったことを思い出しました。そこで戻ってもう一方の道を上り始めるとすぐに、ふたたび「源治郎岳」の道標。すると地形図通り、さらにGPSの指示もピッタリ峠に重なりました。ここが峠だ!!
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標識はありません。ただ源治郎岳への分岐状態が地図と同じだったことで間違いないでしょう。
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ここで一服、と思っていたのに、余りに愛想が無くてすぐに下りました。

砥山林道に戻ってからも、思い出したように富士が顔を現します。
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そして大菩薩湖。すごい名前です。そしてここをせき止めているダムは上日川(ひかわ)ダム。峠の名前は「にっかわ」なんですが、これってどういうことでしょう。
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その湖のビューポイントらしい場所からの富士です。時間が経つにつれて雲が覆ってきました。
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案内図。これを見ると、砥山林道の沿道に中日川峠があるじゃないですか。そういえば道標がありましたが、峠の表示はありませんでした。
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大菩薩湖を一周して、今度は日川林道です。ずっと標高1500メートル前後を上ったり下ったり。さすがに足に来ています。少し上っていてもすぐにローロー近くまで落とします。でも自分のペースで進んでいくと、何とかなるもので、余り長い休みも取らずにここまで来ることが出来ました。
あと数十メートル上れば、標高差1000メートルのダウンヒルが待っているのです。

湯の沢峠の分岐を過ぎて、一気に下るのでした。
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道の駅に着いたのが12時過ぎ。6時過ぎに走り始め、全くと言って良いほど平地がない、上るか下るかの繰り返しの6時間弱のハードなサイクリングでした。
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これで家に帰って午後4時半には世田谷に行かなくては・・・。誠に忙しい日曜日なのでありました。

上りもなんとかこなせそう。これで事故の影響は払拭した、と思いましょう。

津久井湖・宮が瀬湖 リハビリサイクリング

先週、転倒事故を起こして、身体のいろんな処にダメージを受けました。打撲は直後に出るものよりも、時間が経過してから出るものの方が身体には大きなダメージを与えているもの・・・。

今回も数日してから様々なところに違和感が生じてきました。もちろんすぐに収まるのですが・・・。


そういうわけで、本当は甲州のまだ走っていない場所に輪行で行こうと思っていましたが、自重して自走に変更。獲得標高も少なくしてややのんびり走りにしましょう。

津久井湖と宮が瀬湖をつないだおなじみコースにしました。

境川CRを北上、橋本付近でR413に入り、津久井湖を目指します。

津久井湖、城山ダム。ここから三井まで北岸の狭小路をたどります。
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県道515。津久井湖や相模湖の喧噪とは無縁の静かな道を堪能です。そこそこのアップダウンでリハビリにはもってこい。
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名手橋。
515号線は三井の先、赤馬(あこうま)まで続いているのですが、今は廃道になっています。そしてその先には、事件のあった「やまゆり園」があります。
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三ヵ木にでて、宮が瀬湖にハンドルを向けます。緩やかな勾配を詰めていくと鳥居原園地。ここで昼食。本当にのんびりです。付近を散策します。


そしておなじみの土山峠から厚木に向かって楽しいダウンヒル。ここは小鮎川の川岸。厚木に向かってポタリング。
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腰の痛みはずっと残っていましたが、ペダルを踏んでいるときはそれを感じないでいられました。終わってみれば100キロ。上り下りが少なかったので、汗もそれほどかかず、ずっと気持ちのよい気分で過ごせました。これがリハビリですな。

さて、来週はと・・・。

災難

北欧の旅を終えて早10日。
それは日曜の朝に起こりました。


転倒。そしてその結果。

カメラ、眼鏡がこんなことに・・・。
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そして私。家に帰ってすぐに傷口を水で洗い、キズパワーパッドという絆創膏を貼って、一段落したところでカシャ。
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全て擦過傷でしたが、この絆創膏を貼ると結構痛々しく見えます。

そして今朝、現場検証に行ってきました。

この道を写真の奥の方から来て、自転車の脇に見える隙間に落っこちてしまったのです。
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隙間です。
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サイズを測ると25mm位でしょうか。
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この隙間にこんな風にはまってしまい急停止。本人は前に投げ出され、左のほほと肩、それに肘の上を道路にこすってしまった訳です。
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その時に私が見ていた光景。
田んぼがならされ、水を張ったところも出てきていたので、カメラを持って出かけたのです。そして写真の左側の田んぼだけが田植えが終わっており、ついそちらの方に目が行った途端でした。
カメラはたすき掛けしており、本体は左脇胸辺りにあったので、レンズが被害にあって、左側胸も打撲したものと思われます。
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もちろんリムはこんなことに・・・。
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事故の時、ちょうど反対方向から散歩の方が来ていて、事故の瞬間を目撃しておりました。一瞬宙に浮いたとか・・・。
「大丈夫?それにしてもよくこんな処にはまったなぁ。お!血が出てるよ」とびっくりしてテッシュをいただきました。


キズの方は日柄ものなので、少しづつ良くなっていくと思いますが、打撲の方はこれから症状が出てくることもあります。一週間はおとなしくしていましょう。
呼吸と脈のバランスは正常。首の変位は今のところなし。ただ翌日は筋肉痛様の痛みが全身に起こりましたが、午前中で収まりました。

改めて気を付けなければ!!!と思うのでありました。

バルト海の夕日とヘルシンキでの出来事 ー北欧の旅(5)

このシリアンシンフォニー号は全長約200m、総トン数約58000トン、乗員数約3000名の大きなフェリーです。6階と7階に沢山の店や飲食店が並んでいます。我々は11階の部屋に・・・。12階がデッキで、そこに上ると、バルト海の穏やかな海面が360度見渡せます。

ツアーで一緒の方々ともかなり打ち解けて、話をするうちに住まいや年齢が近かったりする共通点が沢山見つかり、夕食時にはずいぶん盛り上がりました。団体旅行って好きではなかったんですが、こういうことは楽しいですね。またある方は折り紙の名手で、いろんな形の折り紙を持参し、ホテルのフロントやガイドさんに配って大変好評を得ていました。実は私も海外では折り紙が人気があると言うことを何かで知って、今回も折り紙を持ってきてはいたんですが、その方の余りのレベルの高さに圧倒されてしまい、旅行中は一切手が出ませんでした。自分が折り紙に興味があることを伝えると、その方のご主人には「折り紙に興味がある男を初めて見た」と言われてしまいましたが、そんな事はない!と思ってはいるんです。最終日にはきれいな少し高級な折り紙をプレゼントしていただきました。

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夕食後にあったショーも見終わり、良い気分でデッキに行くとこの景色です。
バルト海に日が沈みます。既に午後11時近いと思います。
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翌朝、ヘルシンキに近づきました。小島に家が建っています。
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今日も快晴。結局ずっと晴れが続いたわけで、やはり晴れ男(女)がいるのは間違いなさそうです。
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ウスペンスキー大聖堂。
写っている階段の隅に物乞いの女性がいました。下りていくとなにやら缶のようなものを差し出して、お金をねだっていたのでしょうか。少し寂しい。
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テンペリアルキオ教会。
岩石を積み上げて出来ている教会。中では中国人ピアニストが演奏していました。終わるまで聞き惚れていました。
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大聖堂。そして元老院広場。
ヨーロッパではこういった宗教的な建築物が大変多いですね。日本で言えば、お寺や神社でしょうか。
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カモメが飛んでいました。
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ヘルシンキの港。冬場は完全に凍ってしまうそうです。そういえばノルウェーの外海の港は暖流の影響で不凍港があるとか。
またここは塩分濃度が低いので、淡水の魚もいるそうです。
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いったんホテルに帰って、オプションツアーの方々と別れて、私たちは各々ヘルシンキの街に繰り出します。ホテルから中心街まではトラムで移動。1時間で3.2ユーロの切符を買っ、案内を見ながら停留所をたどっていきます。目的の停留所手前でボタン。日本のバスみたいですね。
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ヘルシンキ中央駅。中に入ってみると、東京駅の何十分の1って感じです。
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駅そばのレンタサイクル場。結構な人たちがこれを利用していました。
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日本で言う百均のようなお店や、郵便局のとなりのスーパーなどに入り、おみやげを物色です。フィンランドにはムーミンとマリメッコという雑貨のブランドがあって、世界的に有名らしいですが、私はここに来るまで全く存在を知りませんでした。
スーパーにマリメッコとムーミンの袋が安く(普通の袋の何倍かしましたが・・・)売っており、おみやげにしましょう。本当に百均のような店が多く(3軒廻りました)、1ユーロで雑貨を買うことが出来ました。


そしてここ。スポーツ用品の集まるビルに入って、自転車コーナーに行ってみると、こんな自転車が499ユーロで売っていました。私と同じ名前の自転車。店員さんに聞くと、フレームはフィンランドで作っており、パーツはいろんな国からアッセンブルされている、というお話しで、トランスミッションは全てシマノでした。
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泊まったホテルがどんな立地しているのか全然知らなかったのですが、空港の看板で知りました。すばらしいところに建っていたんですねぇ。知っていればもう少し散策したのに・・・。さすがヒルトンホテルです。
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8日間の旅も残すは、日本に帰るための乗り継ぎの飛行機と羽田に向かう飛行機に乗るだけとなりました。

初めての海外旅行。最初はどうなることか?と思っていましたが、終わってみればそれほどのことはなく、楽しいことばかりだった気がしています。ただヘルシンキでホテルのカードキーを紛失してしまったと思い、今まで歩いてきた場所を一人で(かみさんはカフェで待っていました)必死の思いで走り回ったことは、一番の思い出になったかも知れません。

カフェに帰ってきたら、かみさんが御顔で「私が持ってた!!」といったときの脱力感と共に心がもっとも動いた出来事でした。

それにしても11時間以上の飛行機はやはりきつかったです。

オスロからストックホルムへ ー北欧の旅(4)

ノルウェーのオスロからスウェーデンのストックホルムまでバスで600キロ近く、国境越えです。
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カールシュタードで昼食。とっても綺麗な街でした。
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ストックホルムで一泊し、市内を巡った後、バルト海を船でヘルシンキに向かうのです。

そしてそのストックホルム。
ノーベル賞の授賞式のある市庁舎、青の間。受賞者はこの階段を下りてくるのだそうです。日本人のガイドさんが説明してくれています。
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黄金の間。
ノーベル賞のパーティーが行われるところ。
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かのノーベル先生です。
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ここで解散し自由行動に。
私たちは旧市街のガムラ・スタンでお買い物。

世界一狭い通り???
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ドイツ教会。
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お店が沢山並んでいます。なぜか日本では絶対に買わないものすごく高いセーターを二人分買ってしまいました。
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トトロもあるでよ。
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中央広場。
お茶を飲み、観光客を観察するにはもってこいの処。
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ストックホルムの街並み。海はバルト海。
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自転車専用の道がかなリ広く整備されています。最初は分からずにこの上に立ってしまい、自転車にぶつかりそうになりました。
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そして今晩はこの船の中で夜を過ごし、明日の朝にはフィンランド、ヘルシンキです。
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